バベルの塔

ハルトマン・シェーデル
「ニュルンベルク年代記」(ミニ・シェーデル)

1497年   アウグスブルク
木版画+鋳造活字印刷
医師で人文学者であったシェーデル(1440年−1514年)の主著である「ニュルンベルク年代記」は聖書をもとにした世界の歴史・地理を年代順に記したもので、グーテンベルク「42行聖書」と並ぶ1500年以前の印刷物(インキュナブラ)の代表作です。 初版は1493年にニュルンベルクで出版されましたが、この版画は1497年にサイズを小さくしてアウグスブルクで出版された「ミニ・シェーデル」と言われている珍しいラテン語版初版からのものです。

インキュナブラでは初期の活字印刷を鑑賞するのが第一ですが、この年代記をさらに重要なものにしているのは膨大な木版挿絵です。 これらは当時ニュルンベルクで活躍したミヒャエル・ヴォルゲムート(1434年−1510年)と義理の息子ヴィルヘルム・プライデンヴルフ(1460年−94年)の工房で制作されたもので、当時彼らの弟子であったアルブレヒト・デューラー(1471年−1528年)も参加していたのではないかと言われています。 この年代記はインキュナブラですが、書誌学以上に美術史学の方面での研究が盛んなくらいドイツ美術史上の重要作品です。

この「バベルの塔」は最も古く描かれたもののひとつです。 後のものの雄大な表現に比べると微笑ましいぐらいに可愛いですが、そこがこの版画の魅力です。 ブリューゲルが塔を巨大な円柱のように描く以前は、塔はこのように四角張って描かれていました。 ブリューゲルの絵に比べると、塔の巨大さに対しての概念は曖昧な感じがしますが、それゆえにこの絵を見ていると、この時代の人の頭の中が覗けるような気がして面白いです。 ブリューゲル以降は逆に表現がパターン化していく感じもあります。 このように塔の一部分だけ接近して描くというのも後世のものには無いように思います。 でもクレーンを用いた工事手法が既に描かれているのは興味深いです。

右端に少し茶色いシミがありますが、版画の雰囲気を損なわないように、そのままにしてあります。 インキュナブラとしてはそれでも綺麗な方です。