昔の地図帳には地図以外にも様々な寓意版画が収められることが多くありましたが、この版画はその中でも極めて奇異で不思議な作品として有名です。 一見、様々な紋章と共に描かれた王様の版画に見えますが、よく見ると王様の体と甲冑に細かい文字と数字がびっしりと書かれています。 これは1世紀から17世紀までのヨーロッパ各国の君主名と退位年のリストで、世紀ごと、各国ごとにまとめられて記されています。 綿密な記述の細かさに圧倒されるとともに、小泉八雲の「耳なし芳一」を連想させるような異様な雰囲気もある版画です。
この「ヨーロッパ君主名表」は、元々アウグスブルクの地図制作者ゾイター(1678−1756)が1728年に同じ擬人化スタイルで制作し「新地図帳」に収めた4枚の年表版画のひとつで、他の3枚は「ローマ法王」「神聖ローマ帝国の支配層」「古代世界の王」をリストにしたものでした。 ゾイターの娘婿で後継者となったロター(1717−77)は事業を拡大し18世紀ドイツを代表する地図出版者になりましたが、自らの「新地図帳」を作るにあたり、ゾイターの作った4枚の年表版画を改訂し加えることにしました。 その際18世紀に入り即位した君主たちもリストに加え、新たに右下の柱に16世紀以降のロシア君主のリストも追加しました。 アウグスティン・シェラー(1719−90)によって作画し直され、風景画や人物画を得意としたアウグスブルクの名彫版師エマヌエル・アイヒェル(1717−82)が彫版を担当したことで、地図制作が専門のゾイターが作った最初の図版より、寓意版画としての完成度は増しているように思えます。 |