イエズス会士カルロス・スピノラ長崎殉教図

「日本殉教者イエズス会士スピノラ伝」
1630年   アントワープ
銅版画
イタリア人イエズス会士スピノラ(1564−1622)は1602年に長崎に渡来しました。 布教活動に専念する一方、学問の知識を生かし京都南蛮寺に天文学と数学のアカデミアを開設、一時は後陽成天皇や徳川秀忠らの来訪もありました。 1612年11月8日のスピノラの長崎での月蝕観測は、日本における天文観測史の記念すべき出来事でした。 1618年キリシタン禁制のあおりで捕らえられ、大村牢などを転々とし、1622年9月長崎西坂で火刑により殉教しました。 1867年に福者に列せられました。

この版画はスピノラの死後、当時としては異例の早さでヨーロッパで編纂されたスピノラの伝記に、唯一収められた貴重な銅版画です 。

版画部分の拡大図です。 崇高な表情です。